ともに歩む日記

横浜に住んでいます。育児休暇をとりました。曲がったことが大嫌いなゆま6歳、髄膜炎で呼吸器っ子になったそうま2歳、怪獣まい生まれたばかり。3人のこどもと、カミさんとの日々です。障害の子をもつ親が少しでも楽に生きられるよう願いを込めて。

保育園入れなかった・・・

おはようございます、こんにちは、こんばんわ。

 

保育園に入れないことが分かって数日、徐々に現実が見えてきました。今後の方向性を考えるために状況を整理してみました。整理していたら感情が湧き出てきてしまい、長くなっちゃいました。すみません。

 

もともと考えていたプラン

① そうまとまいは保育園に行く。

② 自分も仕事に復帰。共働きとなる。

③ そうまが就学のときに自分は仕事を退職(3年間仕事をする)。

 

実際に自分も家事をしてきてみたところで、自分が家に入ったほうが良いだろうという結論になっていました。

 

保育園に入れない(預け先がない)ことでの影響

① 自分かカミさんが育児休暇をとらなければならない。

② まいは保育園に入れない(まいのための育児休暇なので)。

③ 育児休暇はまいが3歳になるまでしか取れない。

  → 仕事の退職が3年後ではなく2年後に早まる。

 

正直経済的にも厳しーです。

 

今後の方向性の選択肢

① カミさんが育児休暇をとる。

② 日中一時支援を使いながら共働きをする。

③ そうまを施設にいれる。

 

育児休暇をとるとしたら、将来的に自分が退職するので、育児休暇をとるのはカミさんになりました。カミさんとしては4月以降ももちろん働くつもりで仕事をしていたので、大きなショックです。自分としても譲れないところ、厳しいところです。③の選択肢を選ぶことはない(そんなに簡単に入れないですし)としても、②が現実的にできるのかは色々なところに相談してみないと難しいです。受け入れ先があったとしても、送迎含めて自分たちができるかどうかも・・・。

 

激情の波の中で

頼りにしていたカンガルー保育園に断られたということも大きいのですが、自分としては退職の時期が早まったことが大きなショックでした。「何が大事かって家族やそうまが大事だし〜」「後3年間働ければ満足するかな〜」「退職してもまたアルバイトとかで関われるし〜」なんて自分を納得させてました。しかし、状況が変わって退職することがより現実になった途端、落ち込みましたね。「あ〜仕事したかったんだなあ、自分」と気づく有り様(笑)。もしかしたら、色々な感情がありながらも蓋をしていて、今回のことがきっかけで出てきてしまったのかもしれません。

そうなると怒りと哀しみが交互に襲ってきます。怒りのときは誰かれ構わず感情を出したくなって、「保育園入れなかった、日本〇〇」みたいな感じ(笑)。まるで波のようです。哀しみのときは「そうまはどこにも属せないんだなあ」と凹みます、海の中に沈んでいくようです。

ただ流される

こういう状態になったとときは、無理をしないのが自分流。最低限の日常生活を送りながら、波が収まって落ち着くのを焦らず待ちます。無理に明るく振る舞ったり、現実から目をそむけたとしても、物事は変わらないですし、精神的なダメージはより長引くというのが経験則です。物悲しい音楽を聞きながらタバコを吸って感傷に浸ります(笑)。人に話を聞いてもらうのも良いですね。今日も色々な人に話を聞いてもらいました。とっても有り難いことです、支えてもらっています。

親の非常事態に感づいたのか、普段朝起きると真っ先にYouTubeを観るゆまが、自分の背中にくっついてきました。まるで列車ごっこをしているように、ぴたっと離れず後をついてきます。いじらしいですね(泣)。かみさんも大変だろうに、仕事頑張っています。そうまもまいも元気です。

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👆 ゆまのスイミングのために、そうまを日中一時支援で預けてきました。書き初めをやったみたいです。そうまのために、様々な企画を考えてくれています。なかなか家ではできないことばかり。ありがたいです。

 

ではでは。